atm09td

12 :無名草子さん:2007/08/05(日) 06:23:27
読みながら考える俺のやり方

主張を見たら→「根拠は?」
根拠を見たら→「主張は?」
結果を見たら→「原因は?」
原因を見たら→「結果は?」
具体を見たら→「抽象は?」
抽象を見たら→「具体は?」
長所を見たら→「短所は?」
短所を見たら→「長所は?」
疑問を見たら→「答は?」
問題点をみたら→「対策は?」
用語を見たら→「定義は?」
原則を見たら→「例外は?」
例外を見たら→「原則は?」

という感じで問いかけながら読む。
当たり前のことだがあえて意識して読むことで情報を早く正確に拾うのが狙い。

atm09td
■「世界は自分中心に回っていない
 ・自分は特別に選ばれて生まれてきた存在ではない
 ・取り得もないのに、受身でじっとしていて何か良いことを期待するのは虫のいい話

■「何をしていいのかわからないといってはいけない
 ・分からないというのは、自分で責任を持ちたくない言い訳
 ・分からないからこそ、学ぶが大切

■「いま見えているものは見えているとおりではない
 ・大切なことは、裏側の見えないところにいつも潜んでいる
 ・見抜くためには自分で調べて考えて、見えない部分を想像して判断する

■「自分の得意なこと以外してはいけない
 ・苦手なことをいくら頑張っても、得意な人には絶対にかなわない
 ・「努力」と「頑張る」は得意なことをしてこそ活かされる

■「3年間くらいは捨ててしまいなさい
 ・若いうちの2,3年間は一瞬の出来事でないに等しい
 ・3年間、ないつもりで頑張れば何でもできる

■「生きていることなんかに意味はない
 ・「生きる意味が何か」より「生きる意味があった」と思える生き方をする

■「一番になってはいけない
 ・競争するべきは、ほかではなく自分自身

■「上をめざすな
 ・上には切りがなく、無限という限りないものになってしまう
 ・早く自分の身の程をわきまえ、残りの力は向上ではなく持続に使うべき
atm09td
しっかりとした自己を持っている人は、他人をコントロールしようとはしませんし、他人に過度に干渉することはありません。また、賢明な人は、傲慢に陥ることを避けるため、何かについて「おまえ間違っている=自分は正しい」と主張することについて、自然と慎重になります。
darylfranz
才能は「贈り物」である。
外来のもので、たまたま今は私の手元に預けられているだけである。
それは一時的に私に負託され、それを「うまく」使うことが私に委ねられている。
どう使うのが「うまく使う」ことであるかを私は自分で考えなければならない。
私はそのように考えている。
才能を「うまく使う」というのは、それから最大の利益を引き出すということではない。
私がこれまで見聞きしてきた限りのことを申し上げると、才能は自己利益のために用いると失われる。
「世のため人のため」に使っているうちに、才能はだんだんその人に血肉化してゆき、やがて、その人の本性の一部になる。
そこまで内面化した才能はもう揺るがない。
でも、逆に天賦の才能をもっぱら自己利益のために使うと、才能はゆっくり目減りしてくる。
才能を威信や名声や貨幣と交換していると、それはだんだんその人自身から「疎遠」なものとなってゆく。
他人のために使うと、才能は内在化し、血肉化し、自分のために使うと、才能は外在化し、モノ化し、やがて剥離して、風に飛ばされて、消えてゆく。
長く生きてきてそのことがわかった。